おはようございます☀
お父ちゃんです!
先日、このブログで「ヘルメットの大切さ」についてお話ししました。
その直後のことです。
私自身が、バイクを運転中に自転車との接触事故を起こしてしまいました。
幸いにもお互い軽症で済みましたが、
一歩間違えれば、今こうしてブログを書けていなかったかもしれません。
今日は、当事者として警察や保険会社とやり取りする中で痛感した、
「道路を走る私たちの責任」
についてお話しさせてください。
▼ 自転車は弱者じゃない
事故の後、警察やバイク屋さん、
そして保険の担当者と話をしました。
そこで一番驚いたのが、
『自転車の立ち位置』が
以前とは劇的に変わってきているということです。
私は、バイクと自転車なら、
当然バイク側の過失が圧倒的に重くなるものだと思い込んでいました。
もちろん、エンジンを持つ側としての責任は重大です。
しかし、最近は自転車側の交通ルール遵守も厳しく問われるようになっています。
「今は、自転車も『車両』としての責任をしっかり評価される時代なんです」
自転車側の過失割合(責任のバランス)も、
以前より厳密に判断されるようになっているそうです。
電動アシスト自転車やスポーツバイクなど
以前のママチャリよりもスピードも出やすくなっています。
「自転車は弱者」「弱者だから守ってもらえる」という甘えは、
もう通用しない時代になっているようです。
▼ ヘルメットは「加害者」を作らないためのマナー
今回の事故で、改めて考えさせられたのがヘルメットの存在です。
これは本当にたまたまなのですが、
事故の日、通園時、子どもたちにヘルメットの重要性を話していたところでした。
お相手の方は、たまたまその日に限って
ヘルメットを被っていらっしゃいませんでした。
幸い頭を打つことはありませんでしたが、もし万が一のことがあったら…。
想像するだけで、今でも心臓の鼓動が速くなります。
もしお相手の命を奪ってしまっていたら、
その「心の重荷」は一生消えることはありません。
それは、どれだけお金を払っても、どれだけ謝罪しても、
一生背負い続けなければならないものです。
ヘルメットを被ることは、自分の命を守ることはもちろんですが、
実は「相手を一生の後悔から守る」ことにもなるのです。
道路を利用する者同士、お互いに一生の傷を負わないための
「最低限の支え合い」なのだと痛感しました。
▼ 「もしも」の時の保険が、自分と相手を救う
そしてもう一つ、絶対に避けて通れないのが「保険」の話です。
最近は自治体でも自転車保険の加入が義務化されています。
これは、車やバイクと同じように、
自転車も大きな責任を伴う乗り物だという証拠です。
☑️ 相手への賠償を確実に行うため
☑️ パニック状態で相手と直接交渉するリスクを避けるため
☑️ 自分自身の生活を守るため
今回、私は保険に入っていたおかげで、
保険の担当者さんに手続きをお願いすることができました。
もし未加入であれば、体も心もボロボロの状態で、
自分一人でお相手と交渉をしなければなりません。
それは想像を絶する精神的負担です。
誰でも免許なしで乗れる自転車だからこそ、
「もしも」の時に責任を果たせる準備だけは、
大人のマナーとして、運転者のマナーとして欠かしてはいけないと感じました。
▼ 道路は「支え合い」でできている
今回の事故を通じて、私は「道路を走る」ということの重みを再認識しました。
子供からご年配の方まで、みんなが安全に過ごすためには、
ルールを知り、責任を持つことが不可欠です。
事故は、どんなに気をつけていても起こり得るものです。
だからこそ、ヘルメットや保険という「備え」が、
自分とお相手、そしてお互いの家族の人生を守ってくれます。
というわけで、大事に至らず本当に良かった。
警察の方ともお話したのですが、
改めて安全運転を徹底しないといけないと思いました。
私自身はもちろん、子どもたちにもルールを教え、
運転者になる自覚を持たせるようにしないといけないと感じました。
その少しの自覚が、
優しい道路環境を、良い世の中を
作っていくのだと私は信じています。
今日もありがとうございました🙇♂️
また明日!
お父ちゃんでした👋


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